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  • 「43歳から始める女一人、アメリカ留学」第11話(ライクス)- 2025.05.27(火) 09:00

「43歳から始める女一人、アメリカ留学」第11話

ライクス

2025.05.27(火) 09:00

「43歳から始める女一人、アメリカ留学」

第十一話・・・自分の英語力を過剰評価していた理由

 実際のところ、これほどまでに英語で苦労するとは思っていなかった。家では、ルーミーの言っていることさえも、会話がちょっと長引くと分からなくなる。テレビのコメディなど言語道断。ルーミーはコメディが大好きで、夜になるとソファに犬と寝転んで、わっはっはと爆笑している。私は彼女がいない時、テレビのつけかたが分からなかったので、しばらくは彼女の見るコメディしか見ていなかった。(節約のため、カニ足配線コードの元栓を切っているからつかないのだと、のちに知った) 

 何事につけ、楽観的にすぎるのが欠点だとは、よく分かっている。けれども、日本に居た時には、若干の自信をもつだけの理由があった。

 ちなみに、私の英語学習といえば、次の通りである。

(1)ラジオ「実践ビジネス英語」を聞く。この番組は、もう10年以上は聞いている。一週間の放送をネットでまとめ聞きするのがほとんどだが、ほぼ欠かさず聞き続けてきた。もっとも毎回が流し聞きで、いざという時に口をついて出るレベルの「生きた言葉」にはなっていない。それは自覚していた。けれども中学1年で始めた「基礎英語」から、高校受験、大学受験とも、英語はNHKラジオ一本槍で乗り切ってきた。だからたとえ何となくでも、このラジオシリーズを聞いていれば、との安直な期待があった。

(2)アメリカ人メル友とのメール交換。 「Lang−8」という語学学習者が集まる語学添削SNSがある。ここで知り合ったアメリカ人女子学生と、妙に意気があい、メールの交換をするようになった。お互いの人生のことを、今も、メールで熱く語り合っている。彼女は何度も、「あなたの英語には、いつも感心しています」と書いてくれていた。そうか、実は辞書を引き引き書いているのだけど、私の文章はそう悪くないんだな、と自信をつけさせてもらった。

(3)NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)を聞く。アメリカの国営ラジオ番組NPRをiPodにダウンロードして、家事をしながら聞いていた。特に好きだったのは、「Talk of the Nation」というコーナーで、今日のトピックス、例えば今ニュースになっている「Don't ask,Don't tell政策の撤廃」(米軍内で同性愛者に自分の性的志向を明らかにすることを禁じる法律)について、全米から視聴者が電話をかけてきて、自分の意見を言う。元軍人が「潜水艦の中で同僚に同性愛者がいたら、やっぱり緊張する」と言ったり、「いや、自分は気にしない」と現役軍人が言ったりと、多種多様な個人の声が聞けて、面白かった。

 アメリカ出発前の歓送会で、出席していた米外交官と立ち話をした時、「あなたの英語は素晴らしい。日本にいながら、どうやって勉強したのか」と聞かれたので、「NPRを聞いて」というと、とても驚かれ、喜ばれた。

 思えば、日本にいる間に会うアメリカ人には、必ずといっていいほど「英語すばらしいですね」と褒められてきた。お世辞だと気づかずあれを真に受けていたのが、諸悪の根源だったのだ。アメリカのメル友の賛辞も、また同じことだった。

(4)小説やテレビドラマを英語で読み、観る。 語学学習は辛い、だから楽しみながらできることを、と思った私は、ジョン・アーヴィングやカズオ・イシグロといった好きな英語圏の作家の作品は、英語で読もうとある時期から決めた。何ヶ月もかかって読んだ。分からない単語があまりに多いので、あまり辞書を引かずに読み進めていた。意味が不鮮明になる部分がであっても、好きな作家の作品を原書で読むという行為は、単純に楽しめた。

 もう一つ、楽しみのために続けていたのが、アメリカテレビドラマを字幕なしでみること。ふらっと借りてみた「Sex and the City」にはまり、韓国の無料(違法)サイトで、つい、全シリーズを見てしまった。字幕は韓国語だったので、結果的に、字幕なしで見たことになる。

 これがまた、過剰自信につながった。かなり聞き取れたのだ。きわどいジョークも、女同士のほろりとする会話も。私、結構リスニング力あるじゃん、と思ってしった。

 今思えば、小説もドラマも、なぜ頭にすんなり入ってきたのかよく分かる。文脈を理解していたからだ。ジョン・アーヴィングやカズオ・イシグロについては、読む前から、日本語である程度、作品についての情報を頭に入れていた。SATCのドラマも同様。キャリーはこういう性格、と分かっているから、彼女のいうことをある程度予測しながら、聞いていたのだ。

 アメリカで生活を営むにあたって、一番当惑した原因も、この文脈のせいだった。

 バスの中で、運転手に「なんとかなんとか?」と突然話しかけられても、この人が私に何を聞きたいのか、まるで分からない。スーパーのレジでも同様だ。「なんとか?」と急に聞かれても、何を話題にされているのか皆目つかめない。

 何回か繰り返して、バスの乗り方、スーパーでの買い物の仕方が分かると、ああ、乗り換えチケットがいるかどうか聞いていたのね、とか、暗証番号のことをPINとここではいって、それを押せといっていたのね、と相手の話の文脈が分かる。するとようやく、なんとかなんとか、が言葉としてきこえてくるようになった。

 そして勘違いの大原因、アメリカ人によるわが英語力への賛辞。彼らもまた、環境という文脈で生きていたことを忘れていた。彼らは、日本にいる英語学習者への対応法を、身につけている。彼らが日本人に話しかける時に求められる、しかるべき速度を知っている。それはアメリカ人同士が話す速度より、2,3倍は遅い。さらに何よりも、人のお世辞を真に受けるな、という大人の常識を、私は身につけていなかったのだと気がついた。

次回、またね。


フリーライター
長田美穂さん(ながた みほ、1967年 - 2015年10月19日 )
1967年奈良県生まれ。東京外国語大学中国語学科を卒業後、新聞記者を経て99年よりフリーに。
『ヒット力』(日経BP社、2002年)のちに文庫 『売れる理由』(小学館文庫、2004年)
『問題少女』(PHP研究所、2006年)
『ガサコ伝説 ――「百恵の時代」の仕掛人』(新潮社、2010年)共著[編集]
『アグネス・ラムのいた時代』(長友健二との共著、中央公論新社、2007年)翻訳[編集]
ケリー・ターナー『がんが自然に治る生き方』(プレジデント社、2014年)脚注[編集]

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